釈迦と彼の思想と悟り
プロロ−グ
釈迦はある意味では大変不幸な人で有った。生前は自己の悟りの
内容は殆ど理解されず死後は完全にその内容が誤って伝えられ現
在残存する経典に僅かに一部が散見されるのみである。
彼の悟りの内容は単純明快で後世の人達が特に宗教家が言う程難
解なモノでは無い。唯根本的に間違った観点から理解しようとし
たので歪曲され理解し難いのである。
釈迦の悟りを簡単に言えば「諸行無常 諸法無我」であり其れに
関係して「空」の考えが発生している。
諸行無常とは読んで字の如く総て我らの認識の対象となる物には
永久不変な物は無い。勿論生物にも永久不変な「霊魂」なんて物
は存在しないし、まして超自然力を持つ「神」の存在も否定して
いる。
釈迦は道端に座って彼を拝んだ婦人に対して「私を拝んで何にな
る、私は何の力も無いんだよ」と諭している。
一体人類は何故神だなんて厄介な物を生活に持ち込んだので有ろ
うか?
神は人間の欲望と未知な物への恐怖によって作成された創造物で
原始民族において例えば雨が降らない時に自らは雨を降らせる力
の無いのを承知しているが現実には雨は降ったり止んだりしてい
るので降雨を左右する力の有る何者かを想像し其れに何らかの好
餌を与える事により自己の欲望を間接的に達成する事を想定しそ
こに「雨の神」を創り、風の神その他諸々の超自然力を持った八
百万の神を持つ汎神論が出来たのである。但しこの原始汎神論で
は必ず矛盾撞着が起きる。人の願いを必ず叶えて呉れる様な神は
多数の人達からの相反する願いに対応する事は不可能であり全く
無いのと同義語である。
ここで人々は二神論に入る。所謂善悪の二神が存在し善神が支配
している時には世は栄え悪神が優勢な時は悪が蔓延ると言うので
あるが、是も身勝手な人間に取っては都合が悪い。
そこで究極に登場するのが一神論である。
ユダヤ教、キリスト教、マホメット教皆然りである。この事は当
然でこの三教の神は同一人物で有るから当然である。勿論これら
は人間の欲望の産物で有るから祟りとか罰とかには全く関係は無
い。しかし世に存在する坊主、神主。神父とか言う所謂宗教家と
称する一部の人達の欲望により其れ等の力を誇示する為に恐怖と
祟りで一般の人々を騙してきたのである。
釈迦の在世当時も全く現在と変わらずヒンズ−教、ジャイナ教な
ど多神教、一神教等に取り巻かれて居た。勿論一神教は全知全能
の神でありこの世の存在する総ての物の創造主であり同時に破壊
の神である。一般的には女神であるが稀にはその他の場合もある。
この辺で目を転じて釈迦在世当時の自然科学観を考察して見よう。
当時は、土地は水平に広がり海の上に浮かんでおりその上には空
圏があり其の上には水圏、土地、空圏と幾重にも重なっている多
層構造だと考えられて居た。
是により雨が尽きない事情を説明出来たし又地震も説明出来たの
である。又一部では天は高山により支えられていると信じられて
居た。
又物質の構成は地、水、火、風、空の各エレメントの組み合わせ
で総ての現象が生起すると説明していた。
又生物の出生は卵生、胎生、湿生、化生の四種類が有るとしてい
た。
最初の二個は現代人にも理解出来るが後の二個は頂けない----
湿生は湿り気の有る所で蝿の蛆虫が生ずるのを卵でなく直接湿り
気から発生すると勘違いし最後の化生は全く突然に生育した形の
まま空間に出現するという理解に苦しむ所であるが現代の量子力
学ではこれに近い解釈も存在するのでこの件に付いては言を差し
控えることにする。
この辺で筆者のアウトラインの内宗教に関する部分を簡単に説明
しておこう。
筆者は1914年つまり大正三年日蓮宗のある寺で生まれた。
父は厳格な坊主であったが私は4歳から毎日お経の稽古をさせら
れた。経本を前に正座をし、箸で一字づつ文字を指しながら父の
発声を真似て大きな声で読むのであるが、勿論最初は意味なんか
は全然解らないが、半年一年と経過するに従って朧気ながら意味
らしきものが想像できる様になった。
小学校にあがる頃には大体意味が解る様になったが此処で疑問が
出て来た。例えば釈迦がある時ある場所で何々経を説いたと書い
てあるがその内容が殆ど書かれていないのである。父に質問して
みたが納得出来る回答は得られなかった。中学時代(勿論旧制中
学である)になると各種の経文を読みあさった。無量義経の説法
品第二の中に
「私は先に道場菩提樹の下で端座すること六年で悟りを得たがそ
の内容を説く事は出来なかった。理由は聴衆の程度が低く到底理
解する事は不可能であるとわかったからである。だから四十余年
経過した今まで真実の悟りについて説いた事は無い。故に今まで
説いてきた教説は方便で本当の内容ではないので今まで説いた総
ての教えは嘘であり全く悟りには関係が無くこの四十年余りの教
えでは悟る事は全く不可能ある」
と言う経文に出会った。
なる程殆どの経文の内容は荒唐無稽で、到底自然科学的には不可
能な表現も聴衆の興味をそそりあるステップを進ませる為だと理
解出来た。
大学に進学すると中国訳の経文が信頼出来ず、釈迦在世当時の言
語であるパ−リ−語及びサンスクリット語の原典から勉強を始め
た。
然しその原典も釈迦在世当時にはまだ文字が無かったから後世の
人達の改悪が入り随分誇大妄想的な表現があり例えば法華経の最
初の序品に「ある時仏がラジャーグリハの近くのグリドーラク−
タで何十万人の人が集まったと書いてあるがその場所は現在でも
存在するが小山の頂上で精々1,000平方メ−トル位しか無く、そ
んな群集が集合する事は物理的に不可能であり中国的表現の白髪
三千丈式の表現である。
又経の各所に釈迦の死後の王の名前が散見される。私はこの様な
不自然と思われる部分を経の中から取り除いてみたら釈迦の思想
の外郭が朧気ながらわかってきた。
一般に般若心経を唱える人は多いがその書かれた内容を知って読
んでいる人は少ないと思う。その内容を知ったら今の様に意味も
わからず只声を出す人は居ないだろう。あれは釈迦の悟りの一部
分では有るが真実を含んでいるからである。本来言語と言うもの
は相手又は対象者に意思を伝達する目的で発する信号であるから
対象者が理解可能な言語体系を使用すべきで日本語を全然知らず
理解出来ない人に話しても無意味でそれよりゼスチャ−で示すボ
ディランゲ−ジの方が意思が通じる。其れを中国の古代語の「呉」
の音でしかも似ても似つかぬ発音でカンジザイボサツ ギョウジ
ンハンニャハラミツタジ等と唱えて一体誰に向かって話している
のだろうか。話している自分自身も唱えている内容が全然解って
いないと言う当に噴飯物である。
ここで簡単にその内容を解説しておく。
観自在菩薩 「物を見る自分の立場を自由に変えて観る事の出来
る人」が深く自然を正しく見る知恵を働かせて考えた時にこの世
で我々が認識する総ての五つの要素は皆実態の無い変化しつつ有
る現象でその物それ自体が有る訳では無く唯の現象である。
「筆者註」 丁度火が燃えている時には光があり熱もあり手を近
づければ火傷をするなど確かに其処には火が存在すると思えるが
一旦吹き消した時其の火は何処に行ったのだろう。天に昇って星
になった訳でもなく地に潜って地獄の鬼火になった訳でもなく唯
単に燃焼と言う酸化現象が停止しただけで火にその実体 つまり
魂が有る訳では無い」と悟って総ての苦厄を救われた。シャ−リ
−プトラよ、我々が認識する総ての対象は全部空であり実体の無
い現象にすぎないもので、その奥に霊魂などは存在せず、我々の
意識も皆、生命現象の表現であり実体の無いものである。この故
に、この世には総ての物は増える事も減る事も無く全体として、
その総量は変化しない物である。空の中には物質の実在も無く、
五感もまして意識も無く皆、実体の無い現象に過ぎないものであ
る。
其れを悟った人には心に捕らわれる所が無い。捕らわれる所が無
いから恐れが無いし又実体の無いものには執着を持つ事が無いか
ら総ての欲望から離れ静かな捕らわれの無い心境に達する事が出
来る。さぁ皆揃って悟りの彼岸に行こうではないかーーー
最後のギアテーギャ−テイと言う文句は皆揃って悟りの彼岸へ行
こうというだけの唄である。
勿論この思想は釈迦の悟りのほんの一部分に過ぎないが悟りの一
部ではある。
現代物理学では自然は92個の元素で構成されて居りその最も簡単
な物は水素原子で中心に+1の電荷を持つ原子核とそれを取り巻
く−1の電荷を持つ電子で構成されて中心と外の電荷が中和して
外部には中性の様に振舞っている。電子の質量は中心の水素原子
殻の約1370分の1位しかない。中心核のプラス電荷が一つ増
える毎にヘリュ−ム、リチュームと変化し92番目のウラニュ−
ムで自然元素は終わる。この上は人工放射能元素であるプルトニ
ュ−ム等がある。
原子核の構成要素は水素の原子核である陽子のみでなく質量は陽
子と等しいが電荷を持たない中性子も構成要素である。92番元
素のウラニュ−ムは陽子92個と143個の中性子で出来た23
5と145個の237、146個の238が有りこの内235は
外部から1個の中性子が飛び込むと自分から2個に割れてバリュ
−ム原子2個となりこの2個の原子の質量を寄せても最初のウラ
ンより少し軽いので有る。この軽くなった質量がエネルギ−に変
換するので有るがその割合は1/100ccの僅かな量で250
万キロワットの電力を発電する事が出来るのである。幸いな事に
天然ウランの中には0.7パ−センとの235しか含まれていないの
で天然には原爆の様な連鎖反応を起こす心配は無い。
しかし反応を起こさなかった質量238のウランは1個の中性子
を取り込むと原子核の中から1個の電子を放出する。アレッ原子
核の中には電子は無かった筈だと思われた読者が居られると思う
が中性子が分裂して電子が出たので後に残った中性子は陽子に変
化する。
結論はプラスの電荷が1つ増え93番の元素、となるがこの元素
は不安定で更に電子を放出して94番のプルトニュ−ムになる。
これはウラン235と同様に原爆の材料となる。
この様に物質の質量とエネルギーは全く同じ物で相互に変換でき
るものである。
現在では陽子や電子を素粒子としているがこれらは更にコ−クと
言う基本粒子の集合から構成されている事が承認されている。
釈迦は地球の自転、公転も知らずまして現代の量子力学も波動方
程式も知らなかったがしかしこれらが彼の悟りに余り影響しなか
ったのは幸甚である。
第一章
宗教の本質は超自然力を有する神を想定してこれに従属する事で
ある。
一体人間は何故こんな厄介な不合理な神なんて物を作り出したの
で有ろうか。
それは自分の欲望の充足と無知による恐れを解消する為に発明し
たもので人に欲望が有る限り且自然に対する無知が存在する限り
発生するもので釈迦はこの根源を無明と表現した。これが根源で
欲望が発生し最後には苦にまで成長するとしたのである。
所謂12因縁の最初である。
人々は自分の能力の限界は十分承知していた。それで自分の能力
の限界を超えた欲望を充足する為に 例えば日照り続きで雨が欲
しい時に自分には雨を左右する力は無いが現実には雨が降ったり
止んだりしている所をみると降雨を自由にする力を持った何者か
が存在すると想定しそれに頼むことで間接的ながら雨を自由にし
ようとして雨の神を創作しそれに貢物を捧げる事で日照りを解消
する。かくして雨の神、風の神、その他の神が欲望の赴く所際限
なく八百万の神が生産された。狩猟民族には豊漁の神、豊作の神
等各種各様の神様オンパレ−ドになったのである。
それでは神を造っただけでは何の役にも立たない。これに自分の
希望する事を実現させなければ意味が無い。そこで賄賂作戦にで
るのである。小は十円玉一個を投じて家内安全無病息災を祈り
――本当にこれで希望が叶えばこんな安い買い物は無いが ――
場合によれば自分達の大切なものを生贄に出す事もある。弟橘姫
の場合の様に自己の妻、娘等を人身御供として提供する事もあり
又軽度の場合は動物を生贄として提供する事は一般的に行われて
いたのである。
又一旦神が発生するとその神を牛耳る専門家が発生する。所謂神
官、坊主。神父等の類である。これらは庶民の神に対する希望を
代行する者でこれはバラシティズムの最たるもので何らの生産手
段を持たない、社会に対する寄生虫である。勿論釈迦等と言えど
も同様で出家と言えば一切の生産手段を捨てて実社会より離脱し
自己の衣食住を実社会よりの喜捨に頼って生存を継続する寄生虫
の存在である。神を売り物としている者達は、古代には売春を業
とする女性を蓄えて居た。西洋史であの有名なフェニキアの酒の
神バッカスの神殿に於けるフリ−セックスの乱痴気騒ぎは言うに
及ばす我が国でも神社に付属していた白拍子は巫女と売春婦とを
兼ねた者であり、後には白拍子は所謂芸者でかつ売春を業とする
女子を指す言葉となった。
又東北地方で行われた闇念仏は念仏講の後に、蝋燭その他の灯明
を吹き消した後闇の中でのフリ−セックスで当夜の妊娠は仏の授
かり子として認められていたのである。
釈迦は生存中幾度も当時有名であった娼婦のアンバパ−リ−の所
有する荘園に滞在していたのであるが勿論肉体関係は無かったの
で有ろうし弟子達にも女には近づくなと戒めている。現在でもヒ
ンズ−教の信者は一年に一度自分の肉体を傷つけて苦痛を与え、
それを神に対する供養とする習慣が有るが釈迦在世当時にも修行
と言えば苦行であったが釈迦は苦行には何らの意味も無いし効果も
得る所も無いと断じている。
又神官共は自分達の収入を確保する為に超自然力の切り売りを始
めた。加持祈祷と称する利益誘導である。病気が治る、金が儲か
る、子供が出来る等等実際にはその様な力が有る筈が無いのに公
言するのは所謂合法詐欺である。これは現在の社会でも少額であ
れば問題無しとされるが多額であれば詐欺として起訴されている。
所謂新興宗教と称する物は大体この手の物が多いのである。
一般に新興宗教の教祖は神の代弁者であり神を盲信する信者と神
とを結ぶ立場を取ると共に膨大な神えの貢物を要求するがそれら
は架空の神共は何も要求しないので専ら自分たちの所得として我
が世の春を謳歌するのである。騙す奴が利口で騙されて喜ぶ奴が
馬鹿なのは当然である。
釈迦は最初に苦から離脱しようとした。そして苦と楽とは一つ物
の両端で苦が有るから楽があり、楽が有るから苦があり苦楽は相
対的なもので絶対的な物では無い事を発見した。苦と楽との分岐
点は人により異なり或る人には苦であっても他の人には楽である
事も多く又恋愛のように自ら求めて苦楽を味わう場合もある。苦
だけある地獄も楽だけある極楽も無いと悟ったのである。又喜び
と悲しみも相対的なもので絶対的なものでは無いと体得した
又総ての現象――つまり我らの認識の対象となる物を総て地、水、
火、風、空の5個の要素が仮に各種の割合で和合しつつある状態
で其処には絶対的な本質、本体と言うか「我」と言う物の存在―
―を否定し所謂霊魂の存在を否定したのである。結論として総て
の物はたえず変化しつつ有るもので永久不変な絶対的な物は存在
しない、諸行無常である。又物自体にその本体などは存在しない。
諸法無我である。彼は此処に強い確信を持ったのである。
法華経の第16章に「私は有るがままにこの世界のあり方を知っ
ている。生まれる時にある所から出てきたり死んだ時に又帰った
りする様な事は無いし又この世に存在するとか、滅して無くなる
とかする事は無い。この事は私が明らかにみて決して間違いはあ
り得ないと説いている。唯自然科学的な事柄に付いては当時の常
識と現在とは異なるのは当然でこの件に関しては間違いを敢えて
責められるべきでは無い。
例えば海の中には龍の棲家があると信じられていたがこれは日本
でも、それも鎌倉時代において龍の実在が常識であったのである。
日蓮の著書の中に常識上当然とする引例の中に「源遠ければ流れ
長し、雨の大小は龍による」と書いている。この様な点は敢えて
看過すべきで有ろう。
世の中の人々の生活環境を見れば世俗的に富裕で幸福に見える人
も有れば不幸に見える人もある。この不公平を説明する為にヒン
ズ−教では前世の行為による業によりこの世の幸、不幸が決まる
と言う説があるが是を釈迦の死後仏教に取り入れて小乗仏教の所
謂ジャ−タカつまり釈迦の前世の善哉童子の物語が作られたがこ
の成因を見ると些か彼にも責任が有りそうである。彼の四十年余
に亙る偽説教の中にこれに近い事を説いた痕跡がある。このジャ
−タカの具体的な表現としてはボロブド−ル遺跡の下部全体に善
哉童子の浮き彫りが見られる。
現在の科学では厳密な意味での因果律は否定されている。各各の
原因ににより各各の結果が得られると言う断定は否定されてその
得られる確率がどれだけかと言う事だけしか解らないのである。
この辺で息抜きの為に少し本題を離れて雑談をしてみよう。アイ
ンシュタインが示した相対性原理によれば質量とエネルギーは等
価であるので飛んでいる弾丸は靜止している弾丸よりは重いし走
行中の電車は駅に止まっている電車より重いのである。重い物を
より早く動かす為にはより大きなエネルギーを加えなくてはなら
ないしそうすれば更に重くなり遂には無限大の重さになり無限大
の力を加えてもこれ以上加速できない速さに達する。それが真空
中の光の速度で299792458メ−トル毎秒である。如何な
る物質もこの速度以上で動かす事は出来ないのである。又物質が
エネルギ−になる時は上記の数字を100倍して更に2度掛け合
わせそれにその質量の2倍を掛けた数字になる。
ゼロが幾つ並ぶか何時かお暇の時に計算してみてはいかがでしょ
うか。
閑話休題
第二章
釈迦の悟りには余り重要な事ではないがその出生に付いて簡単に
記して置く。
彼はキリストの生まれる900年位前に中インドのコ−サラ国カ
ビラバスツのストダ−ナの子ゴ−タマ・シッダルタとして誕生し
幼時からバラモンの教学を勉強し又武芸に通じていたが世俗の風
潮に飽きたらず最初バラモンについて修行したが満足出来ずつい
で苦行僧の集団に12年属したが成果が得られず現在のブタガヤ
の地で沈思黙考の末諸行無常、諸法無我の考えに到達したのであ
る。
年齢30歳。家を出てから12年が経過していた。生まれて直ち
に歩き天地を指して天上天下唯我獨尊などと言う説話に至っては
彼を馬鹿にした最たるものである。そこで釈迦は自己の悟りを人
々に説いたのであるが勿論超自然力を信じ神の存在を信じる人々
に受け入れられる筈も無くむしろ異端邪説として迫害されたので
是では真実の法は説けないと思い先ず一般民衆に受け入れられそ
うな常識的な事からステップ バイ ステップに所謂方便を用い
て先ず華厳経を説いたのである。次いで阿含経、般若経と説いた
がこの間は40年以上も続き釈迦が自分の年齢を感じて真実の悟
りを説こうとした時には彼は72歳になって居た。此処で彼は無
量義経説法品第二にある様に「善男子、我先に道場菩提樹下に端
座する事六年にして佛智を成ずる事を得たり。佛眼を以って一切
の諸法を観ずるに宣説すべからず。故は如何。諸所の衆生の性、
欲不同なる事を知れリ。性、欲不同なれば種々に法を説きき。種
々に法を説く事方便力を以ってす。四十余年には未だ真実を顕さ
ず。この故に衆生の得道差別して疾く無上菩提を成ずる事を得ず」
と発言した。是に驚いて弟子達は動揺したが中には諸法無常。諸
法無我の真の意味する所を悟った少数の弟子達も居たのである。
その後の五年間に法華経その他を説いたが彼の心境は最後の2年
間にはもっと枯れた心境に到達していた。彼は死の三ヶ月前に観
普賢経を説いたとされている。大パ−リ−ニッパナ経――これは
釈迦の死の直前の事と死後の一部の経過を書いた経であるがこの
中で弟子達の会話に釈迦が死んだら少数の悟りを得た弟子達は何
の変化も無いであろうが大多数の悟れない人達はきっと嘆き悲し
むので有ろうと言っている。釈迦の死を嘆き悲しむのは釈迦に対
する冒涜である。
死は諸行無常で当然起こることでありこれに付いて喜怒哀楽を感
ずるのは悟っていない証拠である。釈迦の涅槃像などは彼を冒涜
すること最たるものである。
釈迦は偶像を否定し超自然力を有する神を否定し又運命と宿命を
否定した。死んだら何も残らないのに前世なんてある筈が無い。
又霊魂なんて物の存在を否定しているのに仏像なんて偶像を作る
事などは論外である。釈迦の高弟であるシャ−リ−プトラは釈迦
より前に死んだ。かれは土饅頭型に土盛りした墓に葬られた。イ
ンドのサンチ−には釈迦の高弟の土饅頭があるが佛を表現するの
に菩提樹の枝を用い法を現すのに輪を使用している。
仏像が世に現れたのはガンダ−ラにヘレニズム文化が入り種々の
彫刻が製作それだした後であり現在に残る最初の釈迦像は全く西
欧人みたいな顔をしている。
読者は今までに大乗仏教だとか小乗仏教などと言うことばを耳に
された事が有ったと思われるが乗とは文字通り乗り物の事で大き
な乗り物と小さな乗り物の事であるが新幹線と乳母車程の違いは
無い。本来は釈迦の生存中から従属していた直弟子達を上座部と
言ったがこれらの大部分は釈迦の悟りの内容を理解できず唯戒律
のみを重視していたがこれが小乗仏教とされ現在ビルマその他の
地方に信奉されている仏教で専ら自己の悟りのみに固執し他を省
みない物とされている。大乗仏教は利他の精神が中心とされてい
るが現在の僧侶共にはその様な精神が有るとは思えないのは筆者
のみで有ろうか。
しかし現状の仏教では大乗も小乗も釈迦の悟りからは程遠い所に
ある。
当時の民間信仰に陰陽二行説が有った。天地万物は陰陽の合体す
る所より生ずるとする。生物は勿論男女の交合より生じ万物も皆
陰陽の合体より生ずるとする。是を似非仏教に取り込み金剛界と
胎蔵界とし金剛界には太陽を配して大日如来とし胎蔵界には月を
配して総てのものはこの二気の交合により生ずるとするのである。
悟りの根源はセックスに有り成仏とはセックスのアクメの状態を
通して成るものである。この説はチベットに喧伝され現在のラマ
教の中心思想となっている。チベットの寺院には所謂歓喜佛とし
て男女の交合中の像が飾られている。この陰陽二気説は大衆に迎
合する事となり所謂真言密教として広く流布し日本でも広範な信
者を獲得している。つまりこれは現世の利益に結び付けられ病気
の平癒。所願成就等で民衆の心を掴んだのである。
ここで現在チベットで信仰されているラマ教に付いて簡単に触れ
ておこう。
信仰の中心はラマ、即ち活佛である。これはアバロキティシュバ
ラ即ち観世音である。ラマは生きている観世音その物で現在イン
ドに亡命しているが彼の本来の住居はポタラ宮殿である。これは
アバロキティシュバラはポタラカ山に住んでいるとの事でポタラ
宮になったのであるがその名の示す所は総ての方向を向いたと言
う意味でありその故に顔を11個もつけたお化け仏像が出来又総
ての人々に手を差し伸べる事から千手観音と言うお化けが出来そ
れに空しい願を掛けて願い事をしているのは笑止と言うべきであ
る。
観音は元々は中近東の農業の地母神で二十個から六十個の乳房を
持ちそのスカ−トには種々の庶民の願いが書かれている神でヨ−
ロッパではアルテミスとなりインドではアバロキティシュバラと
なったのである。
この他にカトマンズには少女の活佛が居る。これは出生から初潮
までの間活き仏として民衆から信仰されている。
チベットにはもう一人パンチェンラマと称する活佛がいる。これ
は薬師如来の化身で医療の仏である。チベット仏教は日本とは関
係が深く大正年代に河口恵海と言う僧侶が当時鎖国状態のチベッ
トに釈迦の経典を求めて潜入し同国人に化けて生活し後に帰国し
たがチベット仏教には呆れ果てこれは淫嗣邪教なりと断じている。
オンマニバドメ フン−「蓮の中の宝珠に帰依する」と言う簡単
な文句であるが何しろ4000メ−トルの高地であるからマニ車と称
する子供の玩具のような車を回し一回廻すと一回一経を唱えた事
にしている。
カイラス山の周囲を五体投地と称して礼拝をして地面に伏せ尺取
虫の様に自分の体長だけを進み巡礼する事により総ての罪障がリ
セットされると信じてこの馬鹿らしい修行にいそしんでいる人達
をみると釈迦の後継者と称する似非宗教家の罪こそ罰せらるべき
であると思うのはあながち筆者のみでは有るまいと愚考する。
兎も角チベットに於いては病気になると真っ先に坊主の所に行き
何処の医者に行くべきかを尋ねそれに従って事を進めるのが習慣
となっている。又経済理由からか一妻多夫の習慣があり兄が結婚
するとその妻は自動的にその兄弟の妻となるので生まれた子供は
兄弟の中の誰の子供かはわからないので子供には父とは呼ばせず
小父さんと呼ばせている。又場合によるが妻の姉妹も夫の兄弟達
の妻となる。日本の常識からすれば異常と思われるかも知れない
が土地の長年の習慣ともなれば現地では奇異に感じられる事は無
い。
兎も角釈迦の教えが途方も無く歪曲されてチベットの国内に広ま
り現在もそれが正しい仏教の正統派と言われては釈迦が生きて居
たら苦笑するに違いない。
第三章
古代から実在しない 神 なんて物を自己の欲望の為に創ってし
まい超自然力を認めてしまった以上所謂迷信が創作されるのは当
然の帰結である。一般に日本人は宗教に鈍感であり何でも受け入
れると言われるがこの様な国民性を作ったのは明治政府の役人共
の謀略の結果である。当時徳川幕府を倒して新政府を樹立し国民
を統一するのに最良の方法は宗教である。彼等の本来の議論に依
れば過去聖徳太子が仏教を以って国の宗教とすると定めたのを本
筋にすべき所まづ皇室の天皇を神に祭り上げて現人神と称し全国
各地の小村落まで神社を造り其処の住民は皆その氏子と称して皇
室中心の神社体系を押し付け仏教はこの態勢には合わないと廃仏
毀釈を強行し仏教的信仰態勢を破壊したので庶民は宗教に鈍感に
なり盆には墓参りをし暮れの25日には俄かクリスチャンになり
その7日後には神前で拍手を打つと言う実に宗教的には無節操な
人種に成り下がったのである。日本は神国で神に守られているか
らとマインドコントロ−ルをしそれに乗せられた国民は何処の国
と戦争をしても絶対負けないと教えられ無謀な戦争に狩り立てら
れしかも自分から騙されたとは気付かず志願してこの暴挙の片棒
を担ぎ死んで行った若者に対しても何らの罪悪感も無く各地でお
祭りと称して何の意味もなく馬鹿騒ぎをしている人々を見ると何
と明治政府は罪深い連中で有ったかと思い半ばに過ぎるものであ
る。
未だに巷間で信じられている迷信に六輝暦がある。あの大安、仏
滅、友引と称するあれであるがあれが何を根拠に決められている
か知っている人は少ない。
あれは旧暦即ち太陰暦の月と日の数を足して6で割って割り切れ
たら大安、1残れば赤口、2残れれば先勝と順番に進むだけで具
体的に何の意味もないのである。こんな馬鹿な事で友引には葬儀
が出来ないとか社会生活に未だに重大な影響を及ぼしているのは
全く馬鹿らしい事ではある。61年目に起きる丙午の迷信に至っ
ては更に馬鹿げている。丙午の年に生まれた女の子は結婚すると
自分の亭主を食い殺すと言われて嫁に貰い手が無くこの年には日
本の子供の出生率が低下しているのは国勢調査の表を見れば一目
瞭然である。最近若い女の子が特に好むのが占いである。特に害
毒を流しているのに星占いがある。これは古代メソポタミア文明
でチグリス、ユ−フラテスの両川に挟まれた地域で星を眺めて居
た人達が天空の星の位置を記憶するのにその形態から中心部の黄
道部を12に分けて星座なる物を作った。天宮図の黄道帯は狭い
帯でそれに沿って太陽、月、その他の惑星が恒星の間を通り運行
する。太陽は1年で1週するので当然12分して各月に割り当て
たのである。年の最初は当然3月21日の春分から始まるるこの
当時太陽は牡羊座に位置していたが次いで牡牛座、双子座、蟹座、
獅子座、乙女座、テンピン座。蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、
魚座がそれである。占星術の基本は簡単である。人は生まれた日
に偶然太陽が有った星座の性格を受け継ぐと称するのである。今
から2000年ばかり前に獅子座が其処に有ったと言う理由で獅
子座生まれの人は勇気が有るとされているが現在は太陽は蟹座に
なっているのである。又人の運勢は月と惑星の運行と結びついて
いると主張するが当時より現在は惑星の数が増えている。これに
付いては世の占星術学者共は沈黙を守っている。
医学的には何の意味も無い事が証明されているのに未だに人々に
信用されている迷信に血液型と性格の相関がある。最初ある著名
な学者が――敢えて彼の名前は書かないが――血液型と性格に関
する学説を発表した。是に目を付けた日本陸軍が 〇 型の人の
性格は天皇を護衛する近衛兵に最適であるとし全国の新兵の中か
ら〇型の者を選抜して近衛師団を編成したが結果は散々であった。
その後軍部は10万人を対象とした調査を実施したが血液型と性
格の関連は見出せなかった。しかしこの事実は発表されたが何故
か現在でもこの相関を信じている人が多いのは筆者には理解出来
ないのである。
占いは古来各種各様の物が開発され為政者の民への懐柔策として
重宝されたが筆者が経験した或る話でこの稿を締めくくろう。
筆者が未だ小学生だった頃寺の檀家に名古屋の武平町に住んでい
た著名な占い師が居た。この人は株の相場をよく当てるとの評判
で所謂門前市を為すと言う状態であった。私は子供の無遠慮さで
月経に行った時にズバリ「何故貴方の占いはそんなに良く当たる
のですか」と聞いて見た。最初一寸驚いたような顔をしたが私が
余り真剣な顔をしていたのかも知れないが困った様な様子の後教
えてくれた内容は次のような物であった。
「私は朝最初のお客さんには相場は上がると言います。次の客に
は下がると言います。時には臨機応変で言う事も有りますが原則
はこの通りです。株は上がるか下がるか持ち合いかの3種類しか
ありません。当たった人は当たると宣伝して呉れますがその他の
場合は余り他人には言いません。これが本当ですが他人には言わ
ないで下さい」
当時は子供で有ったので今一つ理解出来なかったが今にして思え
ばよく本当の事を教えて呉れた物だと思ふ。
これは迷信の中に入るので有ろうか。
第四章
釈迦の在世当時から女性の成仏に関しては女人は其のままでは成
仏が出来ないとされていた。寧ろ男性の修行を邪魔する厄介者と
してて見られていた感が無いとも言えない。しかし本質的には原
始宗教では生産豊穣の神として持てはやされても経済的に男性社
会が成立するにつけ同時に男性の性の対象物として見られると共
に労働力として考えられた。男性は狩による食料の調達と他部落
からの襲撃――これは主に女性の調達であったが――に備え農耕
文化の発達後は特に女性が充当されたのである。
女性はある面では男性の享楽物でありある面では有用な家畜であ
った。原始社会では女性は部落の共有物であったが同時に母系相
続の中心であった。母親は特定出来ても父親は特定不可能で有っ
た帰結に当然の結果であった。
農耕文化が定着し一定の土地に定住する様になると複数の部落を
征服して小さいながらも国の形態を整える様になると所謂古代国
家が成立する。そうなると主権者専属の王の子供を生む女性と専
ら王の享楽の対象物、玩具としての女性郡が発生する。ハレムに
何百人もの女を飼っていたのは一般的であった。
メソポタミアのウル王朝の墓には多数の戦車や従者と共に多数の
侍女達が生き埋めにされてて居たのである。南米のマヤでは太陽
神に仕える乙女として多数の少女を洞窟に閉じ込め専ら神官共の
玩具として使用されて居た。古代インドに又中国に於いても女性
は三種類又は四種類に分ける事が出来る。第一は王侯貴族の種の
保存用の女性であるがエジプトに於いては種の純潔を目的として
近親相姦が行われ親子、兄妹間の結婚が行われたが一般には貴族
の娘等が対象であった。第二種類は王侯貴族の愛玩用で所謂ハレ
ムに多数の女を蓄えていたが労働資源としては活用されなかった。
第三種類は一般民衆であり第四種類は芸娼妓としての一般民衆の
娯楽用である。インドでは厳格な身分制度があり最高位のブラフ
マンから最低のクシャトリアまでの四種類があり職業、身分等が
規制されて居た。サリ−と称して王侯貴族の死に際してその女は
死者の頭を膝に抱いて生きたまま火葬にされる習慣が二十世紀の
半ば、ほんの五〇年前迄再三の禁止命令にも拘わらず行われてい
たのである。この習慣もヒンズ−教の教義に支えられて居た。
中国に於いても愛玩用の女性は所謂纏足と言って子供の時から足
を布で硬く巻いてその成長を止め歩行困難な状態にして自由な行
動を制限し男の玩具としての用に適する形とし又特殊な上流社会
用としては外陰部、陰唇に穴をあけて鎖をつけあの中国服の両脇
のスリットを通して両脇の女を数名数珠繋ぎにして遊ぶ習慣が有
った。
これらの習慣には道教の教義の裏打ちがされていた。
回教国に於いては現在でも宗教的な習慣から女性は割礼と称して
五、六歳の頃膣を切開し鉛筆1本位の穴を残して残部を縫合しメ
ンスの出血だけの通路を作り一切の性交を不可能にし結婚に際し
ては夫が膣を切開いて交合を遂げるようになっている。数年前国
連の人権委員会が回教国の女性にこの件のアンケ−トを取った所
75% 以上の女性がこの習慣を是認していた。女としての自覚が
持てると言うのである。これもマインドコントロ−ルの怖さであ
ろう。宗教的な迷信の強さと根深さには脱帽である。
仏教に於いてもインドの女性観を取り込み女には五つの障りがあ
り仏には成れないとしていた。法華経の提婆達多品には龍女が成
仏した時の事が書かれているがこの場合も瞬間的に皆の見ている
前で女性の性器が消え男性の性器が生じたと書いてあり女性のま
ま成仏した事にはなっていないのである。
又他方では繁殖の能力は女性のみの独壇場であるから所謂豊穣の
地母神として期待されており初期農耕民族では例外なしに女神を
創作しているが時には太陽神と結合又は結びつけている場合もあ
る。
日本でも同様で天照大神は女性であると同時に太陽神である。
原始社会の女狩りに端を発し民族国家の成立後は自国の版図の拡
張と労働力としての奴隷の取得に情熱を燃やした為政者に率いら
れた国民達は其れをうまく統一し様としたとして神を持ち出した
主権者に騙されて戦場に駆り出された民衆間で血で血を洗うよう
な戦争を長期に亙って繰り返している。
キリストの名による百年戦争もその一つであり現在まで続いてい
るユダヤ民族とパレスチナの戦い、マホメット教に至っては右手
に剣、左手にはコ−ランと最初から武器による侵略を想定し実戦
で男が不足すると平等に愛することを条件に四人迄妻を娶る事を
神は認め又娘達の性を守り処女を望む男性に与える為に前述の割
礼が制度化されたのである。又戦場に赴く兵士の為に妻達につけ
る貞操帯、ひいては膣の再縫合も行われているのである。
兎も角女性は女性自身の肉体に商品価値があるので性の奴隷とし
ての売買の対象物とされその精神的な裏打ちとして宗教が利用さ
れたのである。
然し原始共産制の許では自然発生的に母系相続となるのは必然で、
実際に父親が誰なのか母親自身にも解らなかったのである。
日本でも中世には通い婚では牛車に乗って女の許に通っていたの
である。
第五章
釈迦の遺した経典は大抵如是我聞から始まっている。是は釈迦の
死後その説の内容が散逸する事を恐れて弟子達が一堂に会して
「私はある時ある所でこの様な内容の法話を聞いた」と発言し皆
がその内容を承認してこれは仏説なりとしたのでこのような発言
となったのであるが釈迦に取ってみれば真実を説いた最後の八年
間の教説のみが伝承されれば良かったのであるが所謂方便で説い
た五倍以上の年月に説いた偽経も其の侭伝承されたので残念なが
ら世上に残った大部分の経は所謂方便の経で釈迦の真意を伝えた
物では無い。
勿論当時は未だ文字は無かったので語り部形式による歌の形式で
有った。従って現在の中国訳の経で詩の形式をした部分が本体で
あり散文の部分は加筆された部分である。
今の仏教学者の言い分ではラジャ−グリハの南にあるバイビハー
バ山の洞窟で五百人の弟子が集合して七ヶ月かかって完成した事
になっているがこの場所の広さも果たして是だけの人員を収容出
来たか疑問である。然も前述の如く方便を用いて説いたとする四
十年を越える当時の社会の有神論的な教説の占める割合が量的に
大部分を占め又日常の行動に即した戒律に執着した弟子達の主張
が重要なポイントを占めていたのは論を待たない。結論から言え
ば最初から釈迦の悟りの内容は一部の弟子達を除いては正しくは
伝わらなかったのである。
これを第一結集又はラジャ−グリハの結集と言われている。釈迦
の没後百年位になると戒律を重視する保守派と一般民衆の中に入
った進歩派との間で論争が生じ七百人の僧侶を集めて両派より四
人の委員を出して討議したが結論を得ずここで両派は分立したの
である。所謂ビシャ−ラの結集である。没後二百五十年位になる
と各派の論争も収拾不可能になったので保守戒律派が大衆派に呼
びかけたが大衆派がこれい応じなかったので保守派のみで会合を
行った。
この頃から文字が一般化したが文字が使われるようになるのに四
半世紀を要したのである。その後約四百五十年を過ぎて第四回の
結集が行われ経、律、論のいわゆる三蔵が誕生したが是には十二
年余を要した事になっている。以上の様な経過の為に最初から躓
いた釈迦の悟りの内容は誤解と偏見により完膚無き迄に変形され
経典の一部に然も小部分に散見されるのみとなった。
釈迦自身も悟りの内容を其のまま一般大衆に説けば大反発を受け
心身どころか生命の危機すら覚悟する必要が有ると再三再四とい
ている。この危険を想定して彼は四十四年間余も真実を語らなか
ったのであり最後の八年つまり七十二歳になって漸く諸行無常、
諸法無我の本当の意味を説き同時に煩悩即菩提、生死即涅槃を説
いたのである。この煩悩即菩提、生死即涅槃の考えは釈迦の最終
結論であり端的に説明すれば煩悩の虜になって喜び、悲しみを味
わうも喜びと悲しみ、苦と楽共に一つの物の両端であり楽が有る
から苦があり、喜びが有るから悲しみがありこの二者は相対的な
もので片方だけで存在するものでは無い。故に絶対的に楽だけ存
在する極楽も無ければ苦だけ有る地獄も存在しないのである。こ
れらの総和は〇である。悟れば総ての苦、楽を離れ淡々たる〇の
世界に入るのでこれも同じであり死んでしまえば霊魂なんて存在
しないから是も〇であるからどの様な生活をしていても等価であ
る。
最後の生死即涅槃の考えを特に具体的に説いたのは七十七歳以後
の事で彼の死の三年前頃からであった。釈迦は所謂宗教学者では
なく当時の自然科学者で有ったから超自然力即ち神通力なるもの
には徹底的に反発していた。後の坊主共が釈迦は生まれた時に三
歩歩いて天地を指し「天上天下唯我独尊」と言ったなんて荒唐無
稽な作り話を説教するに至っては言語道断の所作で唯呆れるのみ
である。
この辺で釈迦在世当時の自然科学観と現代の物との差異を見てみ
よう。
現代の物理学及び自然科学ではマクロに言えば物質の構成単位は
原子であり自然界では92個の原子の組み合わせで物質界が構成
されている。私の学生時代の講義では質量不滅の法則と称して如
何なる化学変化を生じてもその変化前後の質量の総和は等しく増
加も減少も無いと教えられた。然しアインシュタインがエネルギ
−と質量は完全に等価でその間に区別は無く質量はエネルギ−に
又エネルギ−は質量に変わることが出来この二つは全く同じ物で
ある。だからエネルギ−にも当然目方があるので飛んでいる大砲
の弾丸は地上に静止している物より重いし走行中の電車は駅に停
車している電車より重いのである。
光の真空中での速度は 29979245800センチメ−トル
毎秒である。
この数字を二度掛け合わせてそれに質量のグラム数を掛け更に二
倍したものがエルグ/秒で表示した力で約一グラムの物質がエネ
ルギ−に変換すると大体広島の原爆の力より少し大きくなる。
又実験室で百万電子ボルトのエネルギ−を集中すると陰陽の一組
の電子が出来るのである。つまり質量とエネルギ−は完全に同じ
物で相互に変わる事が出来るのである。これが原爆の原理であり
原子力発電の原理である。ちなみに光の粒子即ち光子は100パ
―セント運動エネルギ―で有り静止質量は〇である。
では目を転じて動物と植物との違いは如何であろうか。読者諸氏
は案外簡単に区別が出来ると思っていられるのではないだろうか。
動き回るものが動物で根を生やして一定の場所で生活しているの
が植物だと―――又は葉緑素を持っているのが植物だと―――だ
けど羊歯植物は世帯の交番で幼時は水の中を活発に泳ぎまわり自
分の好きな所に定着して根を下ろすのでありミドリムシは一生活
発に鞭毛で水中を泳ぎ回っている。又茸類は葉緑素を持たないの
が通例であるし運動の有無、葉緑素の有無では分類が不可能であ
る。どちらも遺伝情報はたった四種類のアミノ酸の組み合わせに
すぎないのである。
では生物と無生物とでは如何であろうか。今度ははっきりしてい
ると言われるかも知れないがこれが又そうではないのである。
かの有名な煙草モザイク病の病原体は見るも綺麗な針状の結晶と
成る。結晶状態では保存も完全であるし又変化もしないが一旦煙
草の木に付着すると猛烈に増殖して瞬く間に畑全体を枯らしてし
まうのである。昔は生物起源の生成物を有機物と呼び無機物から
の合成は出来ないと思われていたが有機物である尿素が簡単に無
機物から合成が出来る事が判明してこの壁は破られた。今では生
物と無生物との境界も無くなったのである。
では現代物理学の基礎である素粒子つまり電子、陽子、中性子等
に目を向けてみよう。原子は中心にある原子核と其れを取り巻い
ている電子とで構成されている。原子核は陽子と中性子で構成さ
れていて陽子は+1の電荷を持ち電子は反対の―1の電荷を持っ
ているので中央の陽子の数と外部の電子の数とが等しければ中和
されて外に対しては中性になる。一番簡単な水素の原子は原子核
が+1の電荷を持ち外部に―1の電荷を持つ電子があり原子核は
大体電子の1370倍の質量がある。この原子核に更に1個の中
性子が加わると質量2で電荷は+1の原子核が出来る。これは重
水素と呼ばれるが性質は水素である。では水素原子に1個の陽子
が加わったら質量2、電荷2の原子核になる。これはヘリュ―ム
であり違った物質になる。ヘリュ―ム原子と重水素原子とは同じ
質量では有るが異なった物質である。物質の種類を決めるのは原
子核の+電荷の数である。自然界の物質は原子番号1の水素から
92番のウラニュ―ムまで92個の原子の組み合わせで構成され
ているのである。これらの素粒子と呼ばれる基礎の粒子は更にコ
―クと言う基本粒子で出来ているがこれ以上深入りしないて置く。
最近ではアナログよりデジタルと何かとデジタル流行であるが宇
宙の構成も又根本的にはデジタルであり物質の最小単位のクオ―
クもデジタルであるがエネルギーもデジタル量で力には最小単位
が存在するるこれがプランクの常数hである。これは余りにも小
さい単位量なので見過ごされていたものであるがこれが有るから
こそ物質が壊れないで存在できるのである。ニュートン力学では
中心核の回りを周回する電子は次第にそのエネルギーを失って中
心核に落ち込み合体して崩壊する筈であるがこのhが存在するた
め落ち込む事が出来ず原子が存続するのである。
もう一つ知って貰いたい粒子がある。ニュ―トリノである。これ
は以前中性微子と呼ばれていたがその存在は原子核のベ―タ―崩
壊の連続スペクトルを説明するために導入された架空の粒子であ
ったが後に宇宙線の中から発見されてその実在が証明された。
釈迦の在世当時には勿論原子の存在は知られていなかったがその
当時の知識として彼は宇宙の構成を地、水、火、風、空の五個の
要素が各種の割合で和合して変化しつつある状態だと観じ変化し
つつあるものであるからこれらに実体はなくその顕現は架空のも
のである― 所謂空であると知ったのである。
大分長く本題を離れてしまったのでこの辺から本題に復帰する事
にしよう
宗教界で兎角看過される問題に女性問題がある。
仏教に於いてもある意味においては女性蔑視ともみられる思想が
あり法華経の提婆達多品に大海の竜王の娘が成仏した時の事を書
いているが龍女が成仏した時には見る間に龍女の女性の性器が消
えて男性の性器が生え男性に変身して仏になったと書いている。
この様に中世は男性上位で女性の地位は低いと表現されているが
実際に生活の家庭では女性が権力を握り亭主関白は字空言で有っ
たのは事実である。
又他方では繁殖の能力は女性のみのものであるに鑑み豊穣の神は
専ら女性であり初期農耕民族は例外無しに女神を創作している。
ともかく男性優位の二十世紀を終わり二十一世紀は女性優位の世
界になりそうである。原始社会の女狩りに端を発し民族国家の成
立後は自国の版図の拡張と労働力としての奴隷の取得に情熱を燃
やした国王に率いられた国民はそれをうまく統一しようとして神
を持ち出した主権者に騙されて戦場に駆り出され民衆間で血で血
を洗うような戦争を長期に亙って繰り返している男性上位の社会
はすべからく終焉すべきである。
第六章 エピロ―グ
釈迦は随所に pratyeka buddha つまり自分一
人で悟った人を再三説いているが本質的に悟りとは或る事態につ
いて自己の知識に基づいて完全に理解に達したという事である。
釈迦の悟りとは現代語で言えば自然科学的に宇宙の構成、動作、
を理解した言う事で是により超自然力、神通力を獲得したわけで
は無い
大パ―リ―二ッツパナ経の中で仏が死ぬと大地震が起きると説い
ているのは当然後人の偽作である。古佛に燃燈佛を多説している
が古代に於いては日没と共に暗くなり灯りが生活に重要な物であ
ったからその遺物として灯明を上げ悪臭退治として香を焚くので
ある。キリスト教では乳香は今でも重要な儀式の道具である。
モ―ゼがエジプトから逃れた時に群集の後についた時女性の臭い
に辟易して身を洗うか後ろに続けと言っているのは面白い。釈迦
は神を否定し説かなかったがキリストもモハメットも自分以外の
神を説き一神教の信仰を信奉したが彼等の説自身の中に矛盾を内
臓している。彼らが説く神は全知全能であり完全無欠である――
筈である。――そして全宇宙の創造主である。キリスト教によれ
ば人が神に背いたから神は人々を罰したのである。原罪を犯す様
な人間を何故作ったのであろうか。全知全能神であれば最初から
神に背くような物を作らなければよいのである。若し神にその力
が無ければ全知全能の定義に反し無能であるし力が有るにも拘わ
らず造らなかったら神は罪悪である。いずれにしても神の定義に
はんする。それとも神は気まぐれであろうか。
釈迦は諸行無常、諸法無我を悟り世間にその内容を説こうとした
ら世間に受け入れられないのみでなく迫害されたので四十年余り
嘘を説いた。七十二歳になってようやく真実を説こうとしたが五
年経っても理解したのは数名の弟子に過ぎなかったのである。こ
こで彼は煩悩即菩提、生死即涅槃の心境に達した。彼が言う悟り
の世界は総ての苦を離れた世界であるから同時に総ての喜びを離
れた淡々たる〇の世界で即寂滅の世界である。煩悩に捕らわれ苦
楽浮沈の世界で暮らしても二者は相対的なもので有るから平均値
は〇である。死んでしまえば霊魂なんて無いからこれも完全に〇
のせかいである。人はどの様な人生を送ってもどうせ〇で同じで
はないか。だから自然の成り行きに任せようと悟ったのであるが
この心境に達したのは最後の二年間であった。
悟れた人はこれで良いが悟れない人達にわたしが簡単に一言ヒン
トを差し上げよう。死後に魂が無かったら死はぐっすり丸太ン棒
のように眠り朝が来ないのと同様である。若し魂があるとしたら
人々が死後異なった場所に行くとは考えられないので先に死んだ
人達の所に行くのでその人達に会い又残った者達も何れはくるの
でそんなに嫌な事でもなかろう。だけど死んだ人たちは大変だろ
う。仏教で西方極楽にいたら息子がクリスチャンになったら天国
に行かねばならないしまして神道になったら高天原に行く事にな
る。一体全体どうしたらいいのだろう。体は一つ、行き先は多数、
一体分身は出来るのただろうか疑問がのこる。
今世界で一番害毒を流しているのは宗教である。ユダヤ、アラブ
の宿敵対立で解決は出来そうにないしパレスチナではかつての日
本と同様に神の為に命を棄てるのは最高の道であると子供を集め
てマインドコントロ―ルをし爆薬を身に巻いて自爆する者が続出
している。宗教の怖さは自己の命をすら捨てて顧みないし神の名
の許には何事も合法化される怖さがある。
これは原文百七十ペ―ジ余りの私の原稿から抜粋したもので脚注
も省略したので難解かとも愚考しますが若し読者の中で興味を持
たれた方々で原文をご希望の方はご連絡ください。
私も馬齢を重ねる事八十八年釈迦を超える事八年で釈迦の悟りの
内容をそのまま世間に発表する度胸が無く釈迦はこの悟りの内容
を世間に流せば迫害を招き生命も危ないと経に書いているが私も
怖いのでこの小文で知己の方々にお届けする事にした次第です。
ご笑納下さいますよう伏してお願い申し上げます。
筆者 則武 友康
愛知県 西春日井郡 清洲町 一場 1288番地
郵便番号 452―0931
電話番号 052―400―3431
E-mail sennin@cronos.ocn.ne.jp
読後のご感想又はご質問等何でも結構ですがお漏らし頂ければ幸
甚です